永遠のスタンダードナンバー「越殿楽」を語る
雅楽といえば越殿楽、越殿楽といえば雅楽というくらいの大ヒット作
「雅楽」って、そもそも何?
改めて書きますが、「雅楽」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「なんか眠くなる古い音楽」ではないでしょうか。正直に言っていいです。わかります。
雅楽は日本が世界に誇る超古代の宮廷音楽で、なんと現在も演奏され続けている世界最古の音楽ジャンルのひとつ。オーケストラの歴史がせいぜい300〜400年、ロックが100年に満たないことを考えると、その「現役感」は異次元です。
And that’s not all... ではなく、「そしてその雅楽の中に、」
そしてその雅楽の中に、ひとつの「伝説の曲」があります。知名度は抜群なのに、曲名を知る人は少ない。
その名も『越殿楽(えてんらく)』(※「越天楽」と表記されることも)
お正月、神前式、時代劇、TVCMなど。あの穏やかで少しとぼけたような、でも妙に心に刺さるメロディ。そう、アレです。「なんとなく聴いたことある」ではなく、あなたはもう確実に聴いているはずです。
間(ま)」の音楽、という衝撃
雅楽の演奏スタイルには「管絃(かんげん)」というものがあります。舞なしで、楽器だけで聴かせる合奏です。ここで最も有名な定番曲が『越殿楽』。
西洋音楽やJ-POPに慣れた耳で初めて聴くと、たぶんこう思います。「……え、次の音、いつ来るの?」
雅楽の「間(ま)」は沈黙ではありません。音と音のあいだに「空間」があり、その空間自体が音楽の一部なのです。ぎっしり詰め込むのが現代音楽なら、雅楽は「余白」を楽しむ音楽。茶道や枯山水に通じる美学といえば、少しイメージしやすいでしょうか。
指揮者もいない。テンポキープのメトロノームもない。奏者たちは目を合わせるわけでもなく、なんとなくふわっと呼吸を合わせて音を出していきます。その「阿吽の呼吸」から生まれる自然なゆらぎが、雅楽独特の浮遊感をつくり出しているのです。
これ、現代のアンビエント音楽やミニマルミュージックが千年先取りしていた、と言っても過言ではないかもしれません。
あの民謡とJ-popの元ネタだった件
さて、ここからが本題の「意外すぎる話」です。
福岡県の民謡『黒田節』をご存知ですか?「♪酒は飲め飲め 飲むならば〜」というあれです。宴会や祭りで酔っ払ったおじさんたちが歌う、あの民謡。
意外なことに『黒田節』のメロディの元ネタは『越殿楽』の平調の旋律です。
宮廷の雅な音楽が、武士や庶民の酒宴ソングへと大変身。これだけでも十分すぎる話ですが、これはほんの序の口教科書にも載っているレベル。
なんと『越殿楽』のメロディは、J-popにまで取り込まれた**のです。
私の知る限り一番有名なのは中島みゆきさんの「糸」ですね。ご本人が意識してメロディーにされたかどうかはしりませんが、イントロの初っ端が越殿楽と酷似してるんですよね。
平安時代の日本の宮廷音楽が、J-popに!?。スケールが大きすぎて笑えてきますが、これが事実です。荘厳でありながら親しみやすいというそのメロディの性質が、宗教・文化・時代の壁をすべて飛び越えてしまったのです。
越殿楽のメロディが辿った旅
越殿楽(平安時代・宮廷)→ 黒田節(民謡・宴会)→ 流行歌(近世・大衆)→ J-pop
これを「ポップ性の普遍性」と呼ばずして何と呼ぶのか。千年前の作曲家(誰なのか実はよくわかっていない)は、おそらくここまで想定していなかったはずです。
三つの顔を持つ越天楽。「渡物」という神システム
雅楽には「渡物(わたしもの)」という独特の概念があります。簡単に言うと「同じ曲を、別の調(キー)に移し替えて演奏する」という手法です。ところが、同じ旋律がトレースされるわけではなく、調ごとに定められた独特のフレーズに書き換えられて演奏されるというのが雅楽の変わった特徴です。
『越殿楽』には、現在3つのバージョンが伝わっています。
平調(ひょうじょう)── 穏やかで静謐。お正月の定番
盤渉調(ばんしきちょう)── 深い哀愁と厳粛さ。葬礼で使われる
黄鐘調(おうしきちょう)── また別の表情を見せる
特に注目すべきは「盤渉調」の越殿楽です。お正月のあのほんわかしたイメージとはまるで別の曲のように、深く哀愁を帯びた葬礼曲として奏されることがあります。
余談ですがこちらの3点の動画は「残楽(のこりがく)」という演奏形式です。後半に行くにしたがって、徐々に楽器の数が減るのをお楽しみください。
ともかく同じコード進行を持ちながらも、調が違えば「お祝い」にも「お葬式」にもなる。雅楽って、実はすごく器用なのです。
ちなみに渡し物について少し触れましたが、転調の法則では説明しきれないほど大きく異なっており、その関係性は現在でも音楽学者の間で謎とされています。千年経っても「まだ解明されていない謎がある」というのも、なんかロマンがありますよね。
永遠の名曲「越殿楽」
この越殿楽は入門の曲としてもよく使います。厳密にいえば初めの一曲目としては難しいところもあるのですが、一番よく聴く曲だけにメロディーが覚えやすいというところから初めての課題曲にされるのだと思います。
『越殿楽』を生んだ雅楽は、日本人の耳に残っているだけでなく、現代の世界的アーティストたちも放っておかないほど。千年以上も昔から愛されているなんて、すごいことだと思いませんか?
次にどこかで雅楽を耳にした時「これは越殿楽かな?」と興味を持っていただければ幸いです。
ここまでお読みいただき有難うございました。


