俺の名前はショウ。アイタケればいつでも来い!
遠いようで近い⁉︎ 笙が奏でる不思議なハーモニー
雅楽の「笙(しょう)」を初めて聞いた時、
「きれい」というより先に、「何、この音?」と思うかもしません。
音楽をやっている人ほど不自然な響きに聞こえるはず。
和音なのに、濁っている。不協和音っぽいのに、不思議と落ち着く。
しかも音が切れない。
ずっと、雲みたいに形を変え続ける。
雅楽の中でも一際不思議な響きだと思うんですよ。
1200年以上前から伝わる、かなり異常な“和音システム”。
しかも、その設計思想は、現代音楽や環境音楽にかなり近い。
今回は笙の「合竹(あいたけ)」について語ります。
そもそも笙って何ぞや?
笙は、竹の管を17本、束ねた楽器です。昔の中国から伝わってきて、日本で1200年以上守ってきた楽器。つまり、皇室行事や寺社仏閣の行事を支えてきた格式高い雅楽の重要なパートです。
その音色は「天から差す光の音」と例えられ、現代の音楽が低音によって支えられるのと反対に、常に高い音が全体を包むようなイメージで雅楽の楽曲を支えます。
笙は黒い椀の上に17本の竹が挿さっています。そのうち15本に小さな穴が開いていて、その穴を指で押さえて息を入れると音が出ます。ピアノのように「鍵盤を押せば音が出る」という簡単なシステムではなく、複数の穴を同時に押さえて、不思議な和音を作り出すのです。
「え、ギターみたいに複数音?」
ざっくり言えばそうです。でも、その響きはギターよりもっと複雑で、神秘的。「ザ・日本」みたいな響きになります。
「合竹」という、西洋音楽にない概念
真鍋尚之著「笙 初心者のための教則本 上 改訂版」より
さて、ここからが本番。
笙で複数の穴を同時に押さえて出す音のセットを「合竹(あいたけ)」と呼びます。これ、単なる「その場で思いついた和音」ではなく、「歴史的に決まった組み合わせが固定された和音」なのです。
誰かが「これ、ええやん!」と決めた合竹を1200年以上守ってるわけで、世界のTOYOTA並みの品質管理です。
合竹の名前は、最低音の竹管の名前で決まるというルール。例えば最低音が「一(いち)」なら「一の合竹」、「上(じょう)」なら「上の合竹」。つまり楽譜に「上」と書いてあれば、奏者は「あ、上の合竹ね」と自動的に「どの穴を同時に押さえるか」が分かるわけです。
基本となる合竹は11種類: 「乞(こつ)、一(いち)、工(く)、凢(ぼう)、乙(おつ)、下(げ)、十(じゅう)、美(び)、行(ぎょう)、比(ひ)」
※十は二種類の合竹がある
これらはすべて、中国の古い音楽理論から来た名前です。
洋楽器の人が聞いたら「不協和音じゃん」と叫ぶ
ここで、西洋音楽との致命的な違いが出ます。
西洋音楽では、「ド(C)」「ミ(E)」「ソ(G)」みたいに、3度の間隔で音を重ねます。これを「協和音」と言って、「気持ちいい、調和してる」と感じます。
でも笙の合竹は、びっくりするくらい違うんです。
例えば「比(ひ)」という合竹を、西洋の音名で表すと: A、B、C、D、E、F#
これ、ピアノで言うと、白鍵を5本まとめて押さえた状態。「何その音?」「耳に刺さる」「不協和音だ」と五線譜世界の住人は混乱してしまいます。
さらに「工(く)」という合竹は: C#、D、E、G#、A、B
短2度(めっちゃ近い2つの音)が2つも含まれてます。学校の音楽室で、これをピアノで弾いたら先生に止められます。
「これ、何ですか」「東洋の伝統楽器の和音です」「あ、そうなんだ」「はい」
この会話が実際に起こります。
でも、綺麗な響き。なんでなん?
ここからが、東洋人の本当にすごいところです。
その「不協和音」を聞くと、意外にも綺麗な響きなのです。
微細な音のズレが倍音と差音を作り出し、複雑で豊かな音の層が重なる。風がそよぐ音、木の葉がさわめく音、雨音、そういう「自然界の音」に近くなるのです。
・西洋音楽:「調和」「解決」「安定」を追求
・東洋音楽:「自然」「環境」「流れ」を追求
と、全く違う哲学によって作られた和音。
大昔の日本人は、「ぶつかる音」をそのままにしておくことで、不思議な空間が生まれることに気づいたのでした。今で言う「ビーツ現象(少しだけ周波数が違う音を同時に鳴らした時に、“うねり”が発生する現象)」とか「ラフネス(近い周波数同士がぶつかって「ビリビリ」「ワサワサ」聞こえる現象)」とか、そういう科学的な現象を、完全に感覚で理解していたのです。
それは何故か? 答えは、毎日自然の中で生きてたから。
「手移り」という、指のテクニックがヤバい
ここまで来たら、次は演奏技術の話。
笙は「吹いても吸っても同じ音が出る」楽器です。つまり、息継ぎの時に音が途切れません。永遠に音が鳴り続ける状態を保つことができるのです。
想像してみてください。ピアノで「ドミソ」を弾いた後、別の和音に切り替えるとき、どうしますか? 音が一瞬、切れます。
でも笙は違う。
一つの合竹から次の合竹に移るとき、奏者は「パッ」と全部の指を離したりしません。代わりに:
「共通する指はそのまま残して、いらない指を離して、新しい指を足していく」
例えば「凢(ぼう)」から「上(じょう)」に移る場合:
「凢」と「上」で共通する指(「七」とか「行」とか)はそのままにして
凢だけで必要な指を、そっと離して
上だけで必要な指を、そっと足す
この動きをする時間は、ほぼゼロに近い。
その結果、何が起きるか?和音の響きが「プツッ」と切れるのではなく、雲が形を変えるように、スムーズに「溶け合い、移り変わっていく」のです。
これを「手移り(てうつり)」と言います。
手移りの正体:「ミニマルミュージック」の1200年前バージョン
ここで気づきませんか?
これ、「ミニマルミュージック」(短い音型を何度も繰り返して、ゆっくり変化させていく音楽)の概念に、めっちゃ似てます。
現代に発明したと思われていた音響技法を、実は日本では1200年以上前からやっていた。
どういうことか:
ステイ・ザ・セイム(ほぼ同じ状態を保つ)
グラジュアル・チェンジ(ゆっくり変わる)
リピート・ミニマル(繰り返す最小単位)
すべてが、手移りの中に入ってます。
つまり、笙の合竹って何か?
笙の「合竹」は、単なる「伴奏用の和音」ではなく:
音響哲学:不協和音を自然として愛でる東洋美学
時間技術:音を途切れさせず空間を繋ぐ「手移り」という指技
1200年の継続:ずっと同じルールで同じ音を守ってきた、日本人の完璧主義
この3つが一体となった、世界で一番地味で、一番深い「音の魔法」です。
最後に
次に雅楽を聴く機会があったら、ぜひこれを思い出してください。
あの「ふわーん…」という音の中では、1200年前の音楽理論が、西洋と全く違う美学が、奏者の指の精密な動きが、すべてが一緒に成立しています。
「あ、今、手移りしてる。共通する指を残しながら、新しい指を足してるんだ」と気づいた時、笙の音は、単なる「きれい」から「深い」に変わります。
そして多分、友達に説明したくなります。
「え、何その話?」って言われても、大丈夫。1200年以上前からの長い歴史という説得力があるから。
オマケ
笙に合うようにアレンジすれば、こんなこともできます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




なんか不思議な音ですよね。
表現がむずかしい音。
中国から伝わってたんですねー日本古来のものとおもってました🐢
こんにちは😃