結果が出ない努力にも意味はある。ゴリラ篳篥時代を振り返る
遠回りだと思っていた修行が、後になって土台になった
ゴリラ篳篥時代の失敗談
若い頃の私は「ゴリラヒチリキ」でした。
とにかく力任せです。
音を出すにも全力。
小さな音を出そうとしても出せない。
今思えば随分不器用でした。
でも、その遠回りがあったからこそ今の音があります。
前回の記事に続いて今回はそんなゴリラ篳篥時代の失敗談です。
ゴリラ篳篥は修行期間
力任せに吹いていた「ゴリラ篳篥」ですが、これはこれで必要な修行期間だったとも思います。
今は軽く吹いてもある程度の力強さを出せるようになりました。
とはいえ、軽く吹くだけでは本当に力強い音色は出ません。
もう一歩踏み込んだ演奏をするためには、やはりある程度のパワーが必要です。
もう少し具体的に言うと、息を入れる強さです。
音楽的な意味での肺活量と言ってもいいでしょう。
若い頃の私は、その力だけは誰にも負けたくないと必死でした。
その代わり、あらゆるところで苦労しました。
その話をする前に、なぜ私が「ゴリラ篳篥」になったのかを書いておきます。
最初からゴリラではなかった
私が篳篥を始めたのは中学生の頃でした。
最初に手ほどきをしてくださった先生は、初心者の私のためにとても薄い盧舌(ろぜつ・リード)をくださいました。
テキトーに吹いても音が出ます。
当時の私は何も知りません。
それが篳篥の音なのだと思っていました。
今のようにYouTubeで名人の演奏を簡単に聴ける時代ではありません。
本当の音を知らなかったのです。
師匠の音色に衝撃を受ける
高校に入ると新しい先生に師事することになりました。
M先生です。
東京で修行を積まれた凄腕の先生でした。
初めてM先生の篳篥を聴いた時の衝撃は今でも忘れられません。
大きな滝から力強く流れる水のようでした。
しかも、その水はどこまでも澄んでいる。
そんな印象でした。
「こんな音があるのか」
心の底からそう思いました。
そして同時に、
「M先生みたいな音を出したい」
と強く思ったのです。
ところが先生から渡された盧舌は、全く音の出ない硬くて分厚いものでした。
吹いても鳴らない。
息を入れても鳴らない。
本当に鳴らない。
M先生によると、東京での修行時代も同じだったそうです。
硬い盧舌を渡され、毎日お茶に浸して湿らせては吹き込む。
少し音が出るようになって初めて削りの調整をしてもらう。
そんな世界だったそうです。
時には口の中が血だらけになることもあったと聞きました。
その話を聞いた私は、
「そういうものなのか」
と思いました。
きつい。
でもあの音が欲しい。
その一心で毎日吹き続けました。
吹いては調整してもらい、また吹く。
そんな日々でした。
高校卒業後は自分でも調整を覚えました。
少しずつ吹きやすいように工夫もしました。
それでも最初の教えが強烈だったのでしょう。
気がつけば、いつも硬い盧舌からスタートしていました。
音デカすぎて神主さんに注意を受ける
そんなゴリラ篳篥全盛期のことです。
神前結婚式の奏楽のアルバイトに行った時でした。
式が終わった後、神主さんからこう言われました。
「もう少し小さく吹けないのか?」
今なら分かります。
もっと柔らかく吹く方法もあります。
でも当時の私には無理でした。
小さく吹こうとすると音が出ない。
音を出そうとすると大きくなる。
その中間がありません。
当時の私は、
「力強い音こそ良い篳篥の音だ」
と本気で思っていました。
M先生のあの迫力ある音色に憧れていましたから。
だから私なりに一生懸命吹いていたのです。
でも神主さんからすれば話は別です。
結婚式ですからね。
滝のような迫力は求められていません。
静かで厳かな雰囲気が求められています。
小さく吹こう。
でも音が出ない。
もう少し息を入れよう。
やっぱり大きい。
どうしたらいいんだろう。
そんなことばかり考えていました。
今思えば技術不足だったのでしょう。
でも当時は本当に必死でした。
あの頃は苦労が身になっている実感なんて全くありませんでした。
ただ目の前の盧舌と格闘していただけです。
その時はわからなくても後のチカラに
しかし今振り返ると、あの試行錯誤の積み重ねが今の演奏につながっています。
当時の苦労は、今となっては大切な基礎です。
軽く吹く。
優しく吹く。
その中に力強さを込める。
そういう演奏をするためには、あの頃の経験が必要だったのだと思います。
私が生徒さんを指導する時は、あまり硬い盧舌を渡しません。
まずは楽しく吹いてほしいからです。
ただ、ある程度上達した方から
「もう少し力強い音が出したいです」
と相談を受けることがあります。
そんな時はいつも考えます。
全員に硬い盧舌を渡したら上達するのかもしれない。
でも音も出ないところから始めるのは苦行。
諦めて雅楽を辞めてしまわないか。
そう思うとなかなか難しいところです。
結果が出る前の努力は、外から見ると無駄に見えます。
本人ですら意味があるのか分からないこともあります。
でも後になって振り返ると、その期間こそが土台になっています。
結局全てに繋がることかも
最近のSubstackも同じように感じます。
雅楽もそうです。
仕事もそうです。
今うまくいっている人たちは、きっと結果の出ない時期を経験しています。
周りから見れば理解されないこともあるでしょう。
成果も見えない。
評価もされない。
それでも続ける。
なぜ続けられるのか。
目指している景色が見えているからだと思います。
だから苦労そのものが目的ではなくても、淡々と積み重ねることができるのでしょう。
最近はSubstack界隈も少し落ち着いてきたように感じます。
でも、その中でも更新を続けている人たちは強いです。
数年後、大きな差になって現れると思います。
私も負けてはいられません。
最低でも週に一度は更新しながら、雅楽のこと、雅楽から学んだことを書き続けていこうと思います。
あなたにも、
当時は意味があると思えなかったけれど、
今振り返ると役に立っていた苦労はありますか。
よかったら返信で教えてください。



